晩鳥様が・・・海豹様を尊敬しているという話は聞いていた。
ただ、それがいつしか恋慕の感情になっていたということに私は(あの子は薄々感づいていたようだったが)気付いていなかった。
いつも邪気のない笑みをたたえていて、周りを和ませる雰囲気を纏っていた彼女。
その彼女が言葉を詰まらせて、走り去った。
『彼女が、笑っていない』
その事実を受け止めたくなくて、柄にもなく必死に走った。
だから前方からこちらに向かってくる気配に気付いたのは、相手が自分の目の前にまで迫ってからだった。
かすかな足音に気付いてチラリと目線を上げたとき、目じりの腫れた鳶色の瞳と目が合った。
「・・・っ!」
「みっ!!」
スピードの割りにたいした衝撃ではなかったため(晩鳥様の体重は軽いからだろう)受身を取れた私は
進行方向と逆の方へ転がっていく相手の腕をあわててつかんで引き戻した。
そして互いの姿を確認して・・・
「何があってそんな姿になられたのですか?」
「何でめっちゃんそんな格好なん?」
「・・・」
「・・・」
痛いような沈黙がながれた。
「・・・互いに・・・色々な事情があるようですね・・・」
嫌がる上唇を無理やり持ち上げ、今まで追いかけてきた友人の頭上にのびる見慣れない長い耳を見つめながら言った。
「・・・あい・・・でもめっちゃん似合ってますえ〜?」
やや遅れてから取り繕うように金色のボタンをつつき、返事をする声はすこしこもった鼻声だ。
うつ向き気味の顔を覗き込むと、あわてて顔を長い袖で覆い隠し、しゃがみこんでしまった。
しばらく黙り込んだあと、ゆっくりとした口調でたずねる。
「・・・顔・・・見られたくないのですか?」
茶色い頭がかすかに頷いた。
回り込んで、背中合わせになるように腰を降ろす。
最初は遠慮がちだった震えが序々に増して、激しい嗚咽へと変わっていった。
「・・・なぜ・・・それほどまでに悲しんでいらっしゃるのです?」
答えを急きたくはない。
だから先程と同じようにゆっくりとたずねた。
あくまで穏やかに声をかけたつもりだったが、それでも小さな背中がビクリと跳ねるのが分かった。
何度かしゃくりあげる声が聞こえて、少したってから小さな声が耳に届いた。
「ご・・・めんなさい・・・ですえ・・・っ!」
一度言ってから、勢いづいたように何度も何度も繰り返す。
「・・・ひくっ・・・めんなさい・・・ごめんなさいですえ・・・ふ・・・ぇ・・・ごめ・・・んなさい・・・」
謝罪の嵐が止むのを待ち、もう一度たずねた。
「・・・なぜ・・・謝るのです?・・・なぜ・・・悲しんでいらっしゃるんですか・・・?」
晩鳥様が唇を噛むのが気配で分かった。
躊躇する感情が空気を通して伝わってくる。
「・・・・っ!」
重々しい沈黙のあと、耐えかねたように小さな口が開く。
「・・・わっちが・・・!わっちの気持ちがあったから・・・あんなことになって・・・
ごまちゃんにも流金姉はんにも悲しい思いさせて・・・わっちが・・・わっちのせいで・・・っ!!」
少しだけ迷ったように間をおいて、そんな自分を恥じるように悲痛な声が空間を切り裂いた。
「わっちなんかがごまちゃんのこと好きになっちゃいけなかったんですえっ!!」
そのあとは涙にうもれて聞き取れなかった。
これまで以上に激しく上下する背中の感触に目を瞑り、そしてすくっと立ち上がった。
「・・・!?」
つかつかと歩いて晩鳥様と向き合う。
あわてて後ろを向こうとした顔に(なぜか学ランのポケットにはいってた)タオルを押し付けた。
「うみっ!!?」
決して優しくない動きに戸惑いつつ、タオルで顔をほとんど隠した彼女は視線で疑問を投げかけてきた。
静かに疑問を投げ返す。
「では・・・晩鳥様は海豹様を好きになったことは間違っていたとおっしゃるのですか?」
「う・・・え・・?」
「そうなのですか?」
少しだけ語調が強くなった私の言葉に戸惑いながらも震える声が返事をする。
「そう・・・ですえ!・・・だって・・・」
「・・・だって?」
「だって・・・!わっちの気持ちがばれなければあんなことにならなかったはずですえ!!?
わっちが・・・わっちが・・・」
またも涙に溺れかける彼女を無言で見つめ、口を開いた。
「あなたは・・・海豹様を好きになって幸せではなかったのですか?」
充血して真っ赤になった大きな目が困惑したようにこちらを向いた。
「・・・わたしは同じような気持ちになったことはありませんので一概に決め付けられませんが・・・
少なくとも、海豹様のことを「すごい」と褒めていらしたときの晩鳥様の顔は・・・不幸そうには見えませんでしたが?
幸せなのは間違ったことですか?」
「で・・・も!最後には傷つけてしまいましたえ?・・・ごまちゃんも・・・流金姉はんも・・・」
「・・・先程から気になっていたのですが・・・」
再度うつむきかけていた顔があがった。
「・・・へ?」
「『あなた』は傷ついている人の内に入らないのですか?」
「・・・!」
答えに詰まって黙ってしまった彼女の空いているほうの手をとった。
するりと袖をまくる。
「・・・めっ・・・ちゃん・・・?」
痛々しい火傷の痕が残る小さな手をいつくしむように自分の手で包み込む。
視線を上げて彼女の顔をまっすぐに見つめた。
「あなたが・・・傷を隠してまっすぐ生きていける強い人であることは分かっています。
私は・・・傷を隠し切れていないから・・・よく分かる。
あなたは強い。
これだけの傷を負ってなお、あんな風に笑っていられるのだから。」
あの笑顔に・・・私は何度助けられたことか。
初めて会ったとき、私は目のことを気味悪がられると思っていた。
任務のとき、私は化物呼ばわりされると思っていた。
全部あの笑顔であっさり退けられてしまった。
「ですが・・・」
絞り出すように声を紡ぐ。
「本当は痛いんでしょう?」
これは私の我侭かもしれないけれど
「隠さなくていいですから・・・」
あなたには・・・笑っていてほしいから・・・
「だから・・・自分の幸せまで隠してしまうだなんて・・・そんな悲しいこと、やめてください。」
(再び泣き出したあなたの頭をなでる私の手は、さぞかし不器用だったことでしょうが
少しは支えになれたでしょうか)
〜後日談〜
黒鳥 「あれぇ?服、胸のところ濡れてるよぉ?」
メカなつ 「・・・えぇ・・・まぁ・・・」
黒鳥 「また女の子泣かせたのぉ?」
メカなつ 「『また』は余計です。というか紅露様に薬売りつけたのあなたでしょう?」
黒鳥 「うんvvやっぱりバリエーションがあったほうがこういうのは売れるよねぇ♪」
メカなつ 「・・・」
ウルトラロケットパンチ発射数秒前。(笑)
お粗末です〜♪